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東京高等裁判所 昭和45年(う)1130号 判決 1975年1月23日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

<前略>

五控訴趣意第五点について。

所論は要するに、原判決が被告人四戸に関する罪となるべき事実の証拠として挙示するものの中には原審が刑訴法三二六条二項により証拠能力を認めたものが多数あるところ、同法二八六条の二により被告人不出頭のまま公判手続を行う場合、又は被告人が法廷の秩序維持のため裁判長から退廷を命ぜられたため、同法三四一条により被告人の陳述を聴かないで審理を進める場合でも検察官申請の各書証につき被告人が証拠とすることまで同意したと擬制するのは行き過ぎであるから、原判決には証拠能力のない証拠によつて事実を認定した訴訟手続の法令違反があり、判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

よつて検討してみるのに、記録によれば、被告人四戸純一との関係で原判決が挙示する証拠のうち相当多数の書証(被告人の検察官に対する供述調書、共犯者らの司法警察員ならびに検察官に対する供述調書、司法警察員等作成の検証調書、実況見分調書、写真撮影報告書、捜査報告書など)は、原審第八回および第九回公判期日において刑訴法三二六条二項により証拠として採用されたものであるところ、原審がこれらの書証を証拠として採用するに至つた経緯として概ね次の事実が認められる。すなわち、(一)、検察官は原審第二回公判期日において、被告人四戸の関係で合計二三五点にのぼる書証および証拠物(被告人らの供述調書、身上関係書類等いわゆる乙号証を除く)と一九名にのぼる証人(逮捕警察官、共犯者等)の取調を申請したが、原審はこのうち証人のみを採用し、書証については全部の採否を留保した。(二)、原審第三回以降第六回公判期日までは右検察官申請の証人尋問が行われたが、被告人らは、あるいは正当な理由がなく出頭を拒否し、監獄官吏による引致を著しく困難にしたとして刑訴法二八六条の二により、(―被告人四戸は原審各公判期日当時保釈出所中であり同条の適用はされていないこと前記のとおりである―)あるいは公判期日に出頭しても裁判長の訴訟指揮に従わず、法廷の秩序維持のため退廷させられ刑訴法三四一条により、それぞれ審理が進められ、また弁護人らも各公判期日の冒頭において、いわゆる統一公判を要求し、他の審理形態による裁判には応じられないとして退廷したり、又は法廷の秩序維持のため裁判長から退廷を命ぜられたりしており、各証人尋問には全く立ち会わなかつたこと、(三)、その間、検察官は第四回公判期日において、証拠調に関する意見と題する書面を提出し、前記の各書証について刑訴法三二六条二項により証拠として採用して欲しい旨陳述した。(四)、第七回公判期日において、原審は留保中の各書証につき検察官から刑訴規則一九二条により提示を求めたうえ、第八、第九の両公判期日において、右のうち相当数の書証を刑訴法三二六条二項により採用し取り調べた(一部は検察官において撤回)。(五)、また、被告人らの供述調書等いわゆる乙号証については原審第八回公判期日において検察官から取調の請求があつたが、原審は同期日においてはその採否を留保し、第九回公判期日に至つて刑訴法三二六条二項により採用した。(六)、原審の全審理を通じて被告人・弁護人らが原審のした前記証拠調に関し、具体的に異議を申立てたことは全くなかつた。

以上の事実が認められる。そこで、右の事実関係によつて原審の各証拠決定の適否について考えると、本件においては、被告人・弁護人らは原審第三回ないし第六回の各公判期日において、被告人らの本件各公訴事実の存否を決するうえで最も重要な証人である逮捕警察官、共犯者などが取り調べられていることを知りながら、各公判期日において、出頭拒否ないし法廷の秩序を乱すなどの不当な言動により当該公判期日における証人審問権を喪失し(最高裁判所昭和二九年二月二五日判決、刑集八巻二号一八九頁参照)、検察官申請の各書証についてもなんら意見を述べないまま公判期日を重ねていたもので、かような状態が爾後の公判期日においても継続するであろうことがかなり高度の蓋然性をもつて予想されており、したがつて、原審が検察官申請の前記各書証に対する被告人・弁護人らの意見が不同意であることを予想し、その作成者ないし供述者を証人として尋問しても、被告人・弁護人らによる反対尋問が行われる可能性はなく、実質的な証人尋問は期待できない状況にあつたこと、他方前記各証人尋問の結果、被告人らの各公訴事実に対する罪責がほぼ明らかとなつており、それまでの被告人・弁護人らの態度からすると本件各公訴事実の存否そのものについては敢て争わないもののようにも考えられたこと、そして原審は被告人・弁護人らの在廷しない法廷で検察官の請求した書証について当該公判期日において直ちにこれを採用することなくこれを留保し、さらに検察官から右書証を刑訴法三二六条二項により採用せられたい旨の意見をも書面で提出させたうえで、これに対する被告人・弁護人らの意見陳述の機会を与えており、被告人・弁護人らは公判調書の閲覧等によりこれらの訴訟経過を知り得たのに、何ら具体的な意見を述べることなく推移したこと等の事情があり、このような事情のもとでは、原審が前記各書証を刑訴法三二六条二項により証拠として採用したことは違法ではないものと解すべく論旨は理由がない。<後略>

(田原義衛 吉澤潤三 小泉祐康)

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